Haruichibanのウォーゲームのおと

80年代にシミュレーションゲームにはまったが長い冬眠に入り、コロナ禍やライフイベントの変化により、再開した出戻りヘッポコウォーゲーマーのノート。

【参考文献】檜山良昭『戦艦大和の一七〇四日』光文社(2013/04/20)

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戦艦大和建造の背景から、艦内の案内、就役後の経緯、そして歴史のイフを簡潔にまとめている。

 

戦艦大和艦内ガイドがなかなか面白かった。

前檣楼の高さは公式には39mだが実際には46mだったそうだ。

最上段には半径2.5mの露天見張所があるが、艦が5°傾くと4mも振られるそうで、危険でとても立っていられない、とのこと。それはそうだろう。

 

潜望鏡のようなものが前檣楼には多数あって、担当者はそれで見張をしたり、敵艦との距離を計測していたそうだ。

 

大和の初陣となったミッドウェー海戦、最期の戦いとなった沖縄特攻について、力がこもった記述だった。

ミッドウェー海戦を読むと、集中運用を考えないで、アリューシャン、ミッドウェー、戦艦部隊に3分割した戦い方が愚かだったことがよくわかる。

レイテ沖海戦やミッドウェー海戦のイフを読むと、当時の海軍軍人たちが、速度の遅い水上艦隊が、速度の速い敵空母部隊に、夜間に突進して、夜戦を仕掛けることができる、と考えていたことが不思議でならない。

また、1943年以後の日本海軍は、潜水艦の潜望鏡や敵艦船のマストを誤認したり、激しい戦果誤認したりして、現実との乖離が、著しかったことにあらためて驚く。

 

第四章の、戦艦大和の4つのイフ、は、さすがは架空戦記の名手だけあって、史実のように、エキサイティングに、読める。