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宮崎正勝監修 造事務所編著『天気が変えた世界の歴史』祥伝社を読んでみた。
歴史的な現象の原因を、気候にし過ぎている気も少しするが、面白い本だった。
- p.30 寒冷化・乾燥化とムギ栽培
- p.38 エジプト文明を演出したモンスーン
- p.54 寒冷化による遊牧民の進出
- p.76 地中海の乾燥とローマ帝国の衰退
- p.86 寒冷化と干ばつが招いた三国の時代
- p.106 ビザンツ帝国を揺るがしたペスト
- p.124 温暖化とヴァイキング世界の拡大
- p.132 一時的な好気象とモンゴルの躍進
- p.158 嵐に翻弄されたスペイン無敵艦隊
- p.170 フランス革命と天候不順
- p.178 冬将軍と雨天に敗れたナポレオン
- p.188 天候不順とジャガイモ飢饉
- p.198 天気予報を生んだクリミア戦争
- p.210 エルニーニョに敗れたヒトラー
- p.220 天候の偵察で成功した真珠湾奇襲
- p.226 悪天候が幸いしたノルマンディ上陸
- p.240 異常気象による地球規模の食糧危機
- p.248 温暖化が可能にした北極海航路
p.30 寒冷化・乾燥化とムギ栽培
狩猟採集生活が困難になったのは地球が急に寒冷化・乾燥化したからだそうだ。
日本も縄文時代は温暖化による縄文海進が進んだが、米作りが開始された弥生時代になると、海面がどんどん下がっていった。
p.38 エジプト文明を演出したモンスーン
ナイル川の水源は、エチオピア高原だが、ここはモンスーンがぶつかる。その水が遠く地中海まで流れていくのだ。
地理の授業では、エジプト文明がナイル川の賜とは習うが、水源については習わないので、新鮮な視点だった。
p.54 寒冷化による遊牧民の進出
紀元前2200年頃から起こった寒冷化と乾燥化によって、ヒッタイト人やアーリア人が移動を開始した。ヒッタイト人は鉄器を広めた。
p.76 地中海の乾燥とローマ帝国の衰退
ローマ帝国の繁栄は、気候が温暖化しており、衰退した時代には気候が寒冷化した。フェニキアのカルタゴがアルプス越えできたのは、温暖化により氷河が融けていたからだという。
西ローマ帝国を滅ぼしたゲルマン人は、中央アジア内陸部の寒冷化・乾燥化が原因だ。
p.86 寒冷化と干ばつが招いた三国の時代
魏・呉・燭の三国時代を招いたのも寒冷化と干ばつだそうだ。
p.106 ビザンツ帝国を揺るがしたペスト
535年、536年、541年は、夏の気温が平均3℃以上低かったらしい。中米エルサルバドルのイロパンゴの火山噴火が原因だ。それによって大型動物が減り、ネズミが増え、ペストが大流行したのだ。ヨーロッパの人口が減り、イスラム帝国が領土を拡大したのだ。
p.124 温暖化とヴァイキング世界の拡大
9世紀になると地球は温暖化し人口が増大したヴァイキング達が世界に乗り出していった。
p.132 一時的な好気象とモンゴルの躍進
12世紀から13世紀にかけてモンゴル高原の気候が温暖化し、モンゴル帝国が勢力を広げたという研究があるそうだ。
p.158 嵐に翻弄されたスペイン無敵艦隊
スペイン無敵艦隊とイギリス艦隊の戦いは、季節外れの暴風によって、スペイン艦隊が多数座礁したため、イギリス艦隊の勝利になった、という。
p.170 フランス革命と天候不順
1783年のアイスランドのラキ山の噴火によって、北半球の夏の気温は平均1.3℃下がった。これが原因でフランスは干ばつや雹に襲われ小麦が不足した。なのにフランス政府は食糧を輸出したため、国内で食糧不足に陥り、小麦価格が高騰した。これがフランス革命の原因だという。
日本でも浅間山が大噴火し、天明の大飢饉になった。
p.178 冬将軍と雨天に敗れたナポレオン
1810年代になると、世界各地で火山噴火が活発化し、寒冷化した。ナポレオンのロシア遠征はそのために失敗した。ワーテルローの戦いは、前日の雨で予定通りの時間に攻撃開始できなかったナポレオンにプロイセン軍の増援が間に合い、ナポレオンは負けた。
これは有名な話だ。
p.188 天候不順とジャガイモ飢饉
1845年から1847年にかかけて、アイルランドの天候不順とジャガイモの疫病菌の蔓延により、1260万トン(1840)が220万トン(1847)に減り、850万人だったアイルランドの人口は、1851年には650万人ほどに減った。餓死者が100万人、100万人がアメリカやカナダへ脱出したそうだ。現在のアイルランドの人口が約640万人ほどなので、今でもジャガイモ飢饉から回復していないと言えるかもしれない。
p.198 天気予報を生んだクリミア戦争
クリミア戦争で、セバストポリ要塞攻略を目指していた英仏軍を大暴風が直撃した。そのため、パリ天文台長のユルバン・ルベリエが暴風の調査を命じられた。その結果、低気圧が大西洋で発生し、地中海を横断し、黒海を北上したことがわかった。ここから天気予報が始まったそうだ。
p.210 エルニーニョに敗れたヒトラー
1941年バルバロッサ作戦を開始したドイツ第三帝国。気象予報の第一人者であったフランツ・バウアーは暖冬になる、と予想した。その根拠は過去2年間厳冬だったので、3年連続で厳冬にはならない、というものだった。しかしこの年エルニーニョ現象が発生し、太平洋東部の熱帯域の海面水温が平年より高かったため、ロシアは厳冬になった。
p.220 天候の偵察で成功した真珠湾奇襲
真珠湾奇襲前に、日本軍は偵察機により、真珠湾の天候を偵察しており、それによって、真珠湾奇襲は成功した。
p.226 悪天候が幸いしたノルマンディ上陸
1944年6月5日の悪天候により、連合軍上陸がない、と判断したドイツ軍。一方の連合軍は、スタッグ大佐が、低気圧の後面に入るので、風は弱まると、具申した。アイゼンハワーは、6月6日に決行すると判断した。これも有名な話だが、当事者達はシビれただろうなぁ。
p.240 異常気象による地球規模の食糧危機
1972年、エルニーニョ現象が発生し、穀物価格が高騰し、世界的な食糧危機に陥った。1973年、第一次オイルショックが発生した。だがこの年は幸い、豊作だったため、世界的な食糧危機は沈静化していった。
今後の日本のエネルギー政策、食糧政策を考える上で重要な要素になる。
p.248 温暖化が可能にした北極海航路
トランプ大統領がグリーンランド領有を話していたが、北極海航路が使えるようになると、スエズ運河ルートの約6割の距離でヨーロッパ・アジア間をつなぐことができる。
今後の日本にとっても他人事ではない話だ。
