Haruichibanのウォーゲームのおと

80年代にシミュレーションゲームにはまったが長い冬眠に入り、コロナ禍やライフイベントの変化により、再開した出戻りヘッポコウォーゲーマーのノート。

ASL Starter Kit #4 Scenario S68 THE END OF THEIR ROPEを 日本語に訳してみた

 



MMP『ASL Starter Kit #4』(ASLSK#4)のScenario S68 THE END OF THEIR ROPEのシナリオカードを日本語訳してみた。

 

タイトルの日本語は『ロープの終わり』と言ったところだ。

ビルマの戦いを再現したシナリオだ。

 

A Grove of ASLにも和訳がなかった。

 

Scenarios/S/68 The End of Their Rope - A grove of ASL

 

 

ここからシナリオカード本体の訳始まりだ。

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シナリオ・デザイン:ペリー・コック

1944年5月21日、ビルマ、チャルパテ: 

 ミィトキーナに拠点を置く日本軍の航空部隊は、ハンプを飛ぶ連合軍の輸送機に嫌がらせをしていた。スティルウェル将軍は、そこの飛行場を閉鎖する決意を固めた。4月上旬、彼は中国の「X軍」に、彼の指揮下にあった唯一のアメリカ歩兵部隊である「メリルの略奪者」として一般に知られている第5307混成部隊(仮称)のコードネームであるガラハド(GALAHAD)と一緒に攻撃するよう指示した。彼はメリルの略奪者隊に、65マイルのジャングル行軍を含む、町へ向かう長い迂回作戦を行うよう命じた。ビルマのジャングルでの戦闘作戦に2月から投入されていたメリルの略奪者隊は、深刻な消耗状態にあり、戦闘による損失と病気の両方に苦しんでいた。5月17日、残存する襲撃部隊は、2つの中国歩兵連隊(第42連隊と第150連隊)の部隊とともにミィトキーナ飛行場を攻撃した。彼らはすぐに飛行場と町の西部を制圧した。しかし、その後の攻撃では、町の残りの部分を掃討することはできなかった。水上将軍の下には多くの日本軍が駐屯しており、着実に増援を受けていた。ミィトキーナの環を閉じる最後の試みとして、第5307大隊の第3大隊の残党が町の北にあるチャルパテ村に対して出撃した。

 

地図盤:

 地図盤m, oを使用する。(地図盤mのA-P列、地図盤oのR-GG列のみプレイ可能)

ゲームバランス:
 日本軍:SSR2の2番目の文章中の"CCの中で"を除く。
 アメリカ軍:4-4-7分隊1個と2-3-7半個分隊を日本軍の増援から除去する。

ターン記録表:
 日本軍が先にセットアップする。
 アメリカ軍が先に移動する。

勝利条件:

 ゲーム終了時、日本軍よりも地図盤上の建物を多く支配している場合、アメリカ軍が勝利する。

戦闘序列:

日本軍
 第148歩兵連隊 第1大体の一部[ELR:4]:oAA5から4ヘクス以内に隠蔽配置する。
  4-4-7 x 3

  3-4-7 x 1

  1-3-7 x 2
  9-0 x 1

  LMG x 1

  50mm MTR x 1

 

 第3ターンにoZ0から5ヘクス以上離れた西端から地図盤内に進入する。

  4-4-7 x 6

  2-3-7 x 2

  2-2-8 x 1

  10-0 x 1

  8-0 x 1

  MMG x 1

  LMG x 1

  50mm MTR x 1

  

アメリカ軍
 第5307混成部隊(仮称)通称 「メリルの略奪隊」第3大隊の一部[ELR:2]:地図盤mに配置する。
  6-6-7 x 9

  3-4-7 x 2

  10-2 x 1

  9-1 x 1

  8-0 x 1

  MMG x 1

  60mm MTR x 1


特別ルール:
 1. 疎生ジャングルを含めてPTO地形(8.2)が有効である。砲撃の命中判定と、残留火力によるIFT DR以外に、雨 による+1 DRM が適用される。この DRM は FFMO や阻止を無効にしたり、 残留火力カウンターの配置には影響しない。煙幕/WPは無効。

2. アメリカ軍ユニットは急速歩移動を使用することができない。CC (白兵戦)において、米軍ユニットは待ち伏せを含め、すべての目的 において自動的に CX 状態とみなされる。
3. 各アメリカ軍プレイヤーターンの RPh の最初のアクションとして、アメリカ軍 10-2 指揮官(またはその代わり)は、統制状態である場合、1PTC をおこなわなければならない。PTCに失敗した場合の唯一の結果は、そのプレイヤー ターンにその指揮官が釘付け状態になることである。

 

結末:
 マラリア、栄養失調、赤痢に悩まされ、数ヶ月にわたる過酷な戦闘とモンスーンという過酷な状況下でガラハドの兵士たちは、日本軍の小部隊が保持する小屋の集落であるシャルパテに進軍している間も、もう限界だった。今や、メリルの略奪者隊では3日連続で102度(摂氏38.9度)の高熱を出さなければ任務不適格とされる。アメリカ人の中には、小屋を掃除している間、文字通りその足で眠ってしまった者もいた。大隊長のジョージ・マクギー大佐は3度も意識を失い、最終的には避難を余儀なくされた。人数と優れた兵器を駆使して、アメリカ軍は村の占領に成功したが、強力な反撃に遭い、元の戦線に押し戻された。ミィトキーナがスティルウェルの中国軍によって陥落するのは8月3日のことで、その時点でガラハドの戦闘要員は200人以下になっていた。一週間後、5307部隊は解散した。