Haruichibanのウォーゲームのおと

80年代にシミュレーションゲームにはまったが長い冬眠に入り、コロナ禍やライフイベントの変化により、再開した出戻りヘッポコウォーゲーマーのノート。

【参考文献】『丸メカニック No.6 一式戦闘機隼』(潮書房)(1977/09)を読んでみた

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表紙


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プラモデルを昔作っていた時に買っていた雑誌を、再読してみた。

当時は、図面や、色以外ほとんど見ていなかったが、年とっていろいろな経験をしてから読むとまた違った感じがする。

開発者の手記がやはり面白い。

用兵側の、九七式戦闘機と同等の旋回性能という無茶な要求を見ると、現代にも通じる、と思った。

 

 

表紙 イラスト=池松均

 正面から見た隼のイラストだ。裏表紙は後面から見た隼のイラストだ。迫力があるイラストだ。

 

p.3 折り込み・カラー版精密図面 作図・鈴木幸雄

 1/50の精密図面だ。

 上面図、右側面図、前面図、下面図、左側面図が描かれている。

 見ていると飽きない。

 

p.7 "隼"設計開発の苦心とその特長 碇義朗

 隼に対する要求は、以下のようなものだった。

  1)運動性は九七式戦闘機と同程度

  2)最高時速は500km以上

  3)上昇力は5000mまで5分以内

  4)行動半径は800km以上

  5)武装は7.7mm機関銃2挺

  6)引込脚

 1)が一番の問題だった。翼面荷重と機体重量を九七式戦闘機と同程度にしなければならないが、4)6)を満たすためには燃料を増やしたり引込脚で重量が増加してしまうので、1)が満たせなくなってしまうのだ。

 小山技師長は、機体担当主任に太田稔技師を抜擢し、構造設計に青木邦弘、空力担当に糸川英夫を担当させた。

 引込脚はアメリカのチャンス・ヴォートV143単座戦闘機のものを参考にした。

 隼は、翼面荷重を85kg/m2以上にしてはならない、という陸軍からの要求を、九七式戦闘機より50%も増えた重量で、実現しないといけない。そうすると主翼面積は24.1m2になってしまう。それでは空気抵抗の増大によって、速度も格闘性能も悪くなってしまう。

 隼は、昭和13年末に試作1号機が完成した。これは、のちに零戦になる十二試艦戦より約3か月早かった。制式採用は逆に9か月遅れた。

 

 ITの設計・開発で、「現在のバージョンと同じ機能を踏襲する」というのがよくあるが、一式戦闘機「隼」の時から同様のことがあったのだ、と思った。だが、戦闘機の場合、物理的に可能なことと不可能なことがある。九七式戦闘機より重くて速い機体が、九七式戦闘機と同じことができるはずがない。

 日本でイノベーションが生まれない理由の一つがここにあるのだ、と思った。

 

p.12 一式戦に搭載した発動機の誕生と発展 水谷総太郎

 エンジン開発者自身によるエンジン開発の経緯を説明している。

 いろいろな工夫を凝らして、課題を乗り越え、エンジンを設計・開発する様子がよくわかる。

 

p.16 隼の”蝶型空戦フラップ”の構造

 隼は不採用になるところを、この蝶型空戦フラップの採用で息を吹き返した。蝶型フラップの構造や作動方法がわかりやすく図解で説明されている。

 

p.18 木型審査とはなにか 碇義朗

 航空機の設計・開発の途中過程に木型審査がある。木で実物大模型を製作し、部品が正しく組み合わさるか確認したり、人が乗ってみて、視界や使いやすさなどを試すのだ。試験飛行が始まる頃には誰にもかえりみられることなく取り払われる日を静かに待つのだ。

 木型審査の目的ややり方や観点がとてもわかりやすい。

 

p.20 隼のコックピット・デザインの影響 荒蒔義次 イラスト/髙荷義之 監修/刈谷正意

 隼のコックピット・デザインは、九七式戦闘機のそれに、引込脚など新しい機能が追加されたような感じだ。

 

p.22 隼の塗装とマーキング 秋本実

p.23 "HAYABUSA" COMOUFLAGE & MARKING イラスト=野村茂一郎

p.36 隼各型の変遷と特長 秋本実

 昔、プラモデルを作っていた頃は、このコーナーがとても参考になった。今はプラモデルを作っていないのだが、あらためて見ると、隼の塗装はカラフルでバリエーションがいろいろあることに気づいた。

 

p.28 名機"隼"の武装のすべて 碇義朗

 隼は胴体にしか機銃を搭載していない。要求になかったからだ。陸軍軍人に次の空戦がどうなるか、考えが甘かったと言われても仕方ないと思う。

  一型甲は7.7mmx2

  一型乙は右7.7mmx1 左12.7mmx1

  二型は12.7mmx2

  三型甲は12.7mmx2

  三型乙は20mmx2

 三型乙で20mmx2を胴体に積んでいたとは驚いた。

 その設計・開発は大変だったと思う。

 

p.32 WIDE ALBUM 隼II型写真選

 塗装がはげかけていたり、迷彩が不明瞭な点があり、実際の色がどうなっているか興味深い。今だとカラー化されるのだろうが、モノクロだからこその迫力があるし、想像する楽しみがある。

 

 

p.38 かくて隼は大空に羽ばたいた 荒蒔義次

 隼の要求の中に、旋回性能は九七式戦闘機と同等というものがあり、それゆえに隼が不採用になるところだった。だが、重い機体で高速な場合、同じように旋回できるはずがない。 

 しかもその選定基準は、水平面の空戦だったようだ。実際の戦闘では、水平だけではなく高度も使うのに、選定基準が水平面に限定されていたのはどうだろうか?

 隼は蝶型空戦フラップを採用したことで、採用に至ったのだが、その頃には、既に世界の空戦状況は、九七式戦闘機の得意だった巴戦ではなくなっていて、時代に取り残されていた。

 日本の技術がガラパゴス化し、世界がイノベーションを起こして、時代が変わっているのについていけないことが、この後も様々な場面で再発するが、この頃からあったのだなぁ、と思った。

 

p.40 隼の性能を他機と比較すれば 秋本実 イラスト・わちさんぺい

 最大速度、巡航速度、上昇力、実用上昇限度、航続力、格闘性、武装、その他の観点で、隼が活躍した時期の戦闘機と比較している。

 隼の実用上昇限度が11,750mもあったのは驚いた。もっとも、その時の速度や旋回性能は不明だ。

 

p.42 陸軍一式戦闘機「隼」の歩み

 昭和12年12月に試作指示

 昭和13年12月12日 試作第1号機初飛行

 昭和16年4月6日 改修期実用試験開始

 昭和16年5月 制式採用

 

 試作指示から約1年で第1号機ができたのか。意外と早いこと、その後、制式採用まで2年半もかかていることにも驚く。