Haruichibanのウォーゲームのおと

80年代にシミュレーションゲームにはまったが長い冬眠に入り、コロナ禍やライフイベントの変化により、再開した出戻りヘッポコウォーゲーマーのノート。

ゲームジャーナル94号(2025/03/01)を読んでみた



f:id:Haruichiban0707:20250307135220j:image


『ゲームジャーナル』第94号を読んでみた。読んだところについて、感想を書いておく。

付録ゲームは『鎮西戦記』だ。

「戦国群雄伝」システムを用いたオリジナルゲームで島津家による九州統一と豊臣軍の九州侵攻を再現する。

デザイナーはAMI氏だ。

なかなか面白そうなゲームだ。

 

もくじはこちら


f:id:Haruichiban0707:20250307135459j:image



p.58 データで見る日米海戦史 航空母艦の発展と戦術の変化 その⑤ 森哲史

 1942年10月の南太平洋海戦から、1944年6月のマリアナ沖海戦まで、1年以上、空母同士の戦闘は発生しなかった。この間に両軍とも空母部隊の再建をしていた。

 米軍はエセックス級空母やインディペンデンス級空母を就役させた。また、艦上機も、F4F=>F6F、TBD=>TBFへと機種改変した。SBDは、後継のSB2Cが技術的な問題を抱えていたので更新が遅れた。

 機種改変で大型化したため、戦前型の空母では下表のように搭載機が減少した。

  サラトガ エンタープライズ
1942年8月 1944年2月 1942年10月 1944年6月
VF F4F 36機 F6F 36機 F4F 34機 F6F31機
F4U 3機
VB, VS SBD 37機 SBD 24機 SBD 36機 SBD 21機
VT TBF 15機 TBF 8機 TBF 13機 TBF 14機
合計 88 68 83 69

 ドクトリンも更新され、1943年6月に発行されたPAC-10(Pacific Fleet Tactical Orders and Doctrine)では、空母4隻を集中運用することになった。PAC-10は翌年USF-10A(Current Tactical Orders and Doctorine)へ改訂された。

 人事面では空母艦長、航空部隊指揮官、海軍航空基地の指揮官はすべて航空士資格を持つ士官が務めることになった。

 後方支援が充実し、第8サービス部隊(Service Squadron & ServRon-8)が編成された。当初44隻の支援艦隊だったが、1944年4月には440隻にまでなった。このうち、321隻の艦隊給油艦、給兵艦、タンカー、病院船、輸送船、艀(はしけ)が中部太平洋方面で活動する第5艦隊支援にあてられた。

 さらに1944年10月には洋上補給専門の第30.8機動群(Task Group 30.8)が編成された。34隻の給兵艦、11隻の護衛空母、19隻の駆逐艦、26隻の護衛駆逐艦、10隻の艦隊曳船(タグボート)から構成されていた。

 艦隊防空についても、改善し、CIC(Combat Information Center)によるレーダーと連携しての戦闘機誘導システムを確立させた。対空砲火も、5インチ両用砲、40mmボカージュ(Bocage)フォース機関砲、20mmエリコン機関砲の3段階にし、近接信管も備えた。

 1943年9月、満を持して、米軍は、南鳥島への「エセックス」「ヨークタウン」「インデペンデンス」による275機によるヒットエンドラン攻撃を開始した。結果は一方的な奇襲となり米軍はわずか4機の損害だけだった。

 1943年11月12日の第3次ブーゲンビル島沖航空戦で、日米の空母部隊が激突していた。日本軍は第1航空戦隊の「瑞鶴」「翔鶴」「瑞鳳」の3空母と米2個空母群が戦ったのだ。

 日本軍は以下の表ののような損害を受けた。爆弾・魚雷の命中はなかった。

  参加機数 損失機数 損失率
零戦 33 2 6%
九九艦爆 20 17 85%
九七艦攻 14 14 100%
彗星 4 2 50%
合計 71 35 49%

 この時の米軍の輪形陣はスカスカだったが、それでも日本軍にこれだけの損害を与えたのだった。米軍の戦闘機はF4Uコルセア24機とF6Fヘルキャット12機が上空にいた。「モリソン戦史」によれば、5インチ砲弾748発、40mm機関砲8,474発、20mm機銃33,552発を消費した。

 この後、1943年11月の「ガルヴァニック作戦」で、ギルバート諸島への本格的な反攻作戦を米軍は開始した。

 

【感想】

 南太平洋沖海戦から約1年半で、日米の差がここまで大きくなったことには驚くばかりだ。ちょうど、タイミングよくこの期間について、考えていたところだったので、この記事が真っ先に目に入った。

 さすがに米軍空母も戦前のものは、戦争後期の艦載機を運用するには厳しく搭載機数を減らしたとのことだ。

 こういう結果を見ると、後に、「通常攻撃では歯が立たないが、もう戦争やめようと言えないから特攻だ」と当時の海軍軍人が思考したのだろう、と推測できる。

 空母や艦載機や対空火器といったハード面だけでなく、人事面や支援体制にドクトリンも含めて、日本空母艦隊は、この時期、米軍に総合力で負けていたことがよくわかる。

 

1943年11月から1944年6月までの太平洋の戦い

 

 

p.63 最新研究が明かす帝国陸海軍の虚像と深層 第35回 大東亜戦争の縮図フィリピン攻略戦 第三回 第一次バターン作戦の失敗 長南政義

 1942年1月の第一次バターン作戦の概説だ。

 

 米比軍8万人の兵力を、約4万から4万5千と半分に見積もっていた。

 第一次バターン作戦失敗の原因は次の4点だ。

 ①敵情判断を誤り米比軍の能力や陣地強度を軽く見ていたこと

 ②状況判断の過誤と敵情視察の欠陥から、占領地警備に充当予定の第六十五旅団をもって、追撃態勢のまま堅固な敵陣地に早急な攻撃を強行したこと

 ③兵力の逐次投入

 ④兵力重点形成の失敗

【感想】

 簡潔でとてもわかりやすい。

 太平洋戦争緒戦のフィリピン攻略戦は苦戦はしたが、圧倒的だと思っていたが、思った以上にひどい戦いをしていて驚いた。後のガダルカナルの戦いと全く同じパターンだ。逆に米比軍はどうして負けたのか、と思ってしまう。

 この時の日本軍をウォーゲームで再現しようとしたらどうするといいのだろうか?日米双方の兵力が全く不明な状況を作らないといけない。ウォーゲームでの再現は難しそうだ。

 

 

p.69 ASLの戦場 カウンター編 第50回ポーランド軍AFV 文:今日も6ゾロ

 

『Doomed Battalions』2nd Editionのボックスアートである7TP戦車双砲塔型と『Doomed Battalions』4th EditionのボックスアートであるTKS豆戦車について解説している。どちらもSF映画に出てきそうなデザインでカッコいいと私は思っていた。7TP戦車はヴィッカース6トン戦車を、TKSは、イギリスのカーデンロイドをポーランドが国産化した豆戦車だからかなり小さい戦車だ。

【感想】

 実際にASLでプレイするとわかると思うが、こんな小さな戦車でも歩兵にとっては有効だったと思う。

『Doomed Battalions』2nd Editionのボックスアートの7TP戦車

『Doomed Battalions』4th EditionのボックスアートのTKS豆戦車