Haruichibanのウォーゲームのおと

80年代にシミュレーションゲームにはまったが長い冬眠に入り、コロナ禍やライフイベントの変化により、再開した出戻りヘッポコウォーゲーマーのノート。

『コマンドマガジン』172号(2023/08/20)を読んでみた


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ワグラムの戦い The Peace of Vienna, 5-6 July 1809

 

国際通信社の『コマンドマガジン』第172号を読んでみた。

付録ゲームはSPI社のNAWシリーズの一作『ワグラムの戦い』(Wagram The Peace of Vienna, 5-6 July 1809)だ。デザイナーは、Irad B. Hardy氏。

このゲームは『タクテクス』(TACTICS)誌第47号の折り込みゲームでもあった。

今回、ヘクスとユニットを大きくし、ユニットもシルエット版とイラスト版を付けている。

このゲームの紹介記事はこちらを参照してほしい。

haruichiban0707.hatenablog.com

 

目次は次の通り



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P.4 歴史ノート ワグラムの戦い 文/宮永忠将 

ワグラムの戦いのヒストリカル・ノートだ。

私のようなナポレオン戦争についてのド素人にもとてもわかりやすい説明だ。

戦況図は付録ゲームの範囲なのでわかりやすい。

強いて言うとユニットの部隊表記と将軍の名前の紐付けに困ることがあるくらいだ。

ルールブックのp.9に戦闘序列があるので、それと紐付ければわかるはわかるのだが・・・。

 

p.10 『ワグラムの戦い』プレイレポート 手解きのワグラム 文/じんぼただとし

「ウォーゲーム初心者向けのゲームとして、何がいいか?」という質問に、「『ドイツ戦車軍団』が一番いい」という意見があるが、『ワグラムの戦い』もいい、という。

盤面の広さ、管理するコマの数、陣営ごとのゲームの目的が全て”心地よく"思考できる範囲にあるのがその理由だ。

このじんぼ氏の意見に賛成である。それに加えて、どちらの陣営も攻防両方を味わえるのも理由の一つとして加えたい。オーストリア軍は一応、主として防御側だが、状況によっては反撃して勝利得点対象ヘクスに向けて攻撃をかけることもできる。

プレイレポートとしては、概要をまとめているだけで詳細がわからない。しかし、作戦方針は実際のゲーム・マップを使って説明しているのでよくわかる。

 

p.24 孤独な巨人、ジム・ダニガンのシミュレーションとゲーム Part10 ーダニガンと戦略級ゲーム 高梨俊一

今回は、戦略級ゲームの歴史が半分で、ダニガンについては、後半分になる。

フィル・折るバンスがゲームサイエンスという会社を作ったそうだ。彼はゲームサイエンスを売却し一般ゲームの世界に進み『モノポリー』の世界的権威となった。

戦略級ゲームといえば生産ルールだが、これもやはりダニガンが最初のようだ。

ウォーゲームにおけるダニガンの影響の大きさに驚くばかりだ。

 

p.32 白い擲弾兵 大木毅

第二次世界大戦以後、軍服は迷彩服になるが、19世紀までは、白のように目立つ色が多かった。

集団の威圧を高める意味があったようだ。

擲弾兵という言葉はよく聞くが、その語源はこの記事を読むまで知らなかった。

17世紀に登場した手投げの爆裂弾(グラナータ)(イタリア語)を使う兵科のことだったそうだ。

爆裂弾がどのくらいの重さか知らないが、これを使うために大柄の要員が集められたそうだ。

やがて爆裂弾が使われなくなっても、大柄な隊員が多いので、エリート兵の機能を果たすようになり、精鋭部隊の別称となっていったのだ。

 

p.38 Seas of Thunder 文/諸岡幸治

GMT社『Seas of Thunder』の紹介記事だ。プレイアブルなシステムで戦争全体を地球レベルで俯瞰させるゲームだ。AH『War At Sea』を全世界に拡大したゲームだそうだ。

マップはリバーシブルで1-10ターンが表、11-25ターンが裏を使う。

ユニットは巡洋艦以上の主力艦が減速1隻1ユニット、小型艦は数隻1ユニットだ。1500個もの艦艇ユニットが含まれる。

マニアックな艦艇が含まれるようだが、改装による変化は反映されていない。

戦争自体は盤上の状況とは無関係に史実どおりに進む。

 

機雷戦や通商破壊戦もルール化している。

 

後半になると1000個近くのユニットが盤上に登場するので1ターン進めるのに最低3時間かかったとのこと。

だが、諸岡氏は「素晴らしいの一言です。」と激賞している。

 

p.50 地中海戦史 第115回 ヴィガラス船団の死闘 八木田和男

1942年6月のマルタ島への補給作戦について、登場艦艇と海戦図を交えてわかりやすく解説している。

毎号思うが、最初から読みたいので、この連載を単行本化してほしい。

 

p.54 ウォーゲーム・メカニクス 第20回戦闘後前進 文/堀場亙

戦闘後前進ルールを最初に実装したゲームが何か、はっきりしないが、堀場氏はおそらくAH『D-Day』だろうと推測している。

堀場氏は、AH『タクテクス・II』(TACTICS・II)を40年ぶりにプレイして戦闘後前進がないことに衝撃を受け、今回の記事を書く動機になった。

AH『タクテクス・II』(TACTICS・II)には戦闘後前進がないので、敵軍を後退させても、次の敵軍ターンに戻ってきてしまい、戦線を突破できない。AH『タクテクス・II』(TACTICS・II)はマスト・アタックなので、退却前のスクエア(AH『タクテクス・II』(TACTICS・II)はヘクスではない)まで戻ると、不利な戦闘比でも攻撃しないといけないので、実際には、戦線の穴を塞ぐが同じスクエアではない。だが、1940年のドイツ軍による西方電撃戦や1941年のバルバロッサ作戦のような機甲部隊による突破はできない。

そういう点ではAH『タクテクス・II』(TACTICS・II)は、核兵器も登場するが、第二次世界大戦以後の戦いというより第一次世界大戦のような戦いになってしまう。

 

記事の末尾で「古いゲームをプレイすることによる「気づき」も大事だな、と改めて感じた次第です。」と堀場氏が述懐しているが、温故知新で、その通りだと思った。

 

p.60 不謹慎ゲーム 野獣げぇまぁ拡大版[第75回]徳岡正肇

今回のテーマは不謹慎ゲーム

不謹慎ゲームは、良く言えば社会批判や風刺としての側面を持つゲームであり、サブカルチャーの世界においてはけして珍しくない表現手法だ。」と徳岡氏は言う。そのとおりだと思う。

「不謹慎要素が脆弱性になったゲームと、ならなかったゲームに、ちょっとした差(と共通点)が見受けられるのが興味深いところだ。」という点は、皆が同じ興味を持つ点だろう。

「不謹慎要素の当事者以外が、不謹慎要素を作る」と「ただ単に不謹慎なだけ(社会批判としての強さを欠いた状態)になってしまって、脆弱性へと転じがちなのだ。」と徳岡氏の一つの回答に説得力がある。